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【日本代表岡田監督の仮面を剥ぐ】
【サッカー】
2007年12月18日 掲載
「監督を続ける資格はない」一度は途中でクラブを放り投げた


●「墓場まで持っていく」
 脳梗塞に倒れたオシムの後を引き継ぐ岡田武史(51)にとって、サッカー人生最大の転機は1997年10月に訪れた。
「当時の日本サッカー界は、W杯出場が積年の悲願だった。しかも、98年フランス大会に出場することは、2002年開催が決まった日韓W杯に向けて“日の丸”のメンツがかかっていた。また、“W杯に一度も出場できない国で大会を開催するのはおかしい”という批判を封じ込める意味もあった」(協会関係者)
 ところが、加茂周監督、岡田コーチが率いる日本代表は苦戦を強いられた。敵地で行われた10月の最終予選第4戦・カザフスタン戦に引き分けて後がなくなると、その夜に加茂は更迭。岡田が41歳の若さで代理監督に就き、日本代表を初のW杯出場へと導くことになる。
 フランスW杯では1勝もできずに1次リーグ敗退。帰国後はJ2札幌監督に就任。その2年目(00年)にJ1昇格を果たし、03年に横浜M監督になると2年連続で日本一に輝き、「さすが岡ちゃん」と指導力が認められた。
 だが、06年8月に成績不振(6勝5分け8敗)を理由に横浜Mを辞めることになる。
「途中でクラブを投げ出すなんて無責任」と非難の声もあり、本人の耳にも入った。「(辞任理由は)話したくない。墓場まで持っていく」と、かたくなに沈黙を守った。

●1年半の空白
 実は辞任の2カ月ほど前、岡田に初孫が生まれた。しかし、早産で、すぐさま新生児集中治療室に運び込まれた。
「赤ちゃんは助かっても障害が残る、と医者から告げられた。岡田は「生き続けても厳しい人生が待っている。苦渋の決断も必要では……」と胸の内を打ち明け、家族全員から総スカンを食った。この時、薄情な自分自身にほとほと嫌気がさし、監督を続ける資格はないと思い悩んだようです。お孫さんはその後に亡くなり、ショックで一時期ノイローゼ気味だった」(マスコミ関係者)
 某サッカー記者は「岡田監督は、自分をとことん追い詰める性格」と言う。
 横浜M辞任の際に、「(試合に)勝ってもうれしくない。負けても悔しくなくなった」と周囲に漏らしたという。プロの勝負師・岡田武史は、この時「死んだ」も同然だった。
 それから1年半が経ち、再び日本代表監督の役が回ってきた。
「身も心もボロボロだった岡田さんに重責が務まるのか?」
 来年2月から始まるW杯アジア3次予選を前に岡田新体制を不安視する声は多い。
(敬称略)



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