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【松坂大輔物語 120億円を生んだ遺伝子】
【野球】
2007年5月17日 掲載
松坂が追った松井の背中


●家族ぐるみの付き合い
 松坂は松井光介に救われた。松井は松坂の2年先輩。いま、ヤクルトで2年目の投手だ。
 松坂は江戸川南から横浜高校まで、松井と同じチームに所属し、家族ぐるみの親交があった。
「松坂が横浜進学を決めたのは、松井の存在も大きかったと思いますよ」
 当時、江戸川南のコーチを務めた影山博が、こう振り返る。
「やっぱり、中学生ですから。先輩がいる高校は入りやすい。松井はよく走って、松坂よりちゃんと練習した。松井が横浜でがんばっていたのが大きかったでしょう。そういうのは、子どもにとって濃いんです。進路を決めるときに、強いインパクトがある」
 横浜高校野球部は寮生活をする。松坂の母親・由美子は「光介先輩がいるなら心強いわ」と思った。松井の母親とは、江戸川南の父兄会で親しくなった。出身地が同じでウマが合った。松井家は、北海道から東京へ、父親の転勤で引っ越してきた。松坂は父親の諭が北海道・稚内の出身だった。由美子も青森の出身である。
 江戸川南の総監督・有安信吾は「マツんところと松井のところは、お母さんが似てたね。性格がそっくりだった。明るくて元気があって、2人してよく大きな声を出してね、チームを応援してましたよ」と笑う。

●「横浜で正解だった」
 松井も松坂も2人兄弟だった。兄弟そろって同じチームで野球をやっていた。両家には共通項が多かった。
 松井は投手でスカウトされたが、松坂が入学するときは外野手に転向していた。横浜に丹波慎也というすごいエースがいたからだ。それも松坂には、進学しやすい状況だった。
 さかのぼれば、横浜進学の発端も、松井が介在した。
 横浜高校野球部の前部長・小倉清一郎は、スカウト活動もやった。小倉は江戸川南で松井光介に目をつけていた。松井を視察に訪れたとき、ブルペンで松坂大輔が投げていた。小倉は「こっちのほうもよさそうだ。2、3年後が楽しみだな」と、マークした。これが松坂と横浜高校の最初の接点になった。
 横浜入学後、小倉は松井光介を利用した。松坂の練習に、松井先輩をつけて指導した。それが松坂の教育には効果があった。松坂には帝京高校を考えていた有安も、いまは「横浜で正解だったろう」と振り返る。
「小倉さんは指導の仕方もしっかりしている。われわれと同年代で、落ち着いた考え方をする人ですから。マツにはよかったでしょう」
 横浜は松坂によい環境だった。



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