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【あの人は今こうしている】 2007年6月26日 掲載
内田明里さん(ベテラン歌手)ストレスがないのは「オトコとちゃんと切れたから」とか。 ♪水風呂に 熱き体を沈めても 火の蛍 殺しきれずに闇に飛ぶ……。ひと昔以上前に出した「好色一代女」は、「浮世絵の街」以来の大ヒットとなった。歌っていたのは内田あかり(現・明里)さんだ。その後は女優でも活躍していたが、最近はとんと見ない。今どうしているのか。 「『好色一代女』で有線大賞をいただいて、もう15年以上になるんですねぇ。ホント、月日が経つのは早い。この調子じゃ老けるスピードも速くなって、困ったもんだわ、ハハハ」 港区内のホテルの喫茶室で会った内田さん、こういって苦笑した。「老ける」というより、熟女真っ盛りといった趣。40代にしか見えない。 「ありがとうございます。幸い、健康に恵まれ、ストレスもない。で、心に余裕が生まれ、それが外見にも表れるんじゃないかしら」 ちなみに、ストレスがない最大の理由は、「オトコとちゃんと切れたから」だそうだ。「ワタシ、大阪から東京に出てきて30回以上も引っ越してるんだけど、その半分は恋に破れてなの、フフフ。ところが、今は生活の中にオトコが入り込む余地はなく、週3回のジム通いで筋トレするのが一番の楽しみ。どう、変われば変わるもんでしょ」 さて、内田さんは大阪の中学生だった頃からジャズ喫茶で歌っていたとか。 「トシをごまかすために5Bの鉛筆で眉を描いてました」 昭和43年、本名の大形久仁子でデビュー。マヒナスターズと歌った「私って駄目な女ね」が50万枚売れ、さらに48年、内田あかりと芸名を改め、「浮世絵の街」が70万枚のヒットとなった。 「昔は曲がヒットすると映画化されることが多く、主演スターとして招かれた。あんな時代、もう来ませんよね」 平成になってからは女優業が忙しくなり、2時間サスペンスの常連に。 「今でも時々、お声がかかります。こう見えても、けっこう芸域は広く、優しい母親もいけるし、オバタリアンも得意なの。トシをとったせいか、最近はクセのある役に興味がいきますね」 とはいえ、やっぱり本業は歌手。伊東のホテルでの1カ月にわたるディナーショーを終えたばかりだ。さらに12月下旬には六本木でディナーライブを開く。 「実はワタシ、若いときは歌うのは決して好きじゃなかった。ただスターにあこがれ、自分もそうなりたいと思ってただけ。でも、ここにきて歌うことがドンドン好きになってる。今、力を入れてるのは、仲良しの作家の伊集院静さんが作詞してくださった『熟女炎上』。女心の切なさや情念を見事に表現した、すばらしい曲です。この曲を歌いこなせたら、歌手として一人前くらいの気持ちで取り組んでいますので、ぜひ聴いて下さいね」 都内にマネジャーの姉とふたり暮らし。 |
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